先日、Xでこんな投稿が話題になっていました。
「子どもがピアノ教室で、もっと練習しろと怒られたらしい。家で練習しなきゃいけないなら、もう行かなくてもいい。即やめさせたい。競争を目的にしている公文と、趣味の音楽を一緒にしないでほしい」
投稿したのはお医者さんだそうです。反応を見ていくと、ほかにもいろいろな声がありました。
習い事に限らず、何かが上手くなるためには、ただ練習するだけでなく目標やゴールがあったほうがいいと思っています。モチベーションが上がりやすく、成果も見えるので続けやすい。先生にとっても教えやすくなります。
練習だけでも上手くはなるかもしれません。ただ、そのスピードはどうでしょう。発表会や大会、級は、成果を目に見える形にする仕組みでもあるんですよね。
そういう教室の需要は、たしかにあると思います。気になるのは、X全体で見える需要と、自分の住んでいる地域の需要は違うということ。そのうえで、先生が食べていけるだけの生徒が集まるのか。
ボランティアのように教える先生もいるでしょうが、長くは続かない気がします。お金って大事ですからね。
最近は、先生が求めているレベルや、教室が目指している方向性を見ないまま習い事を選ぶ人が増えているように感じます。スポーツ系の習い事ではこの視点を持つ人が多いのに、文化系になるとなぜか抜け落ちがちです。
よく聞くのが「家から近いから」という理由です。でも、家から近くても週5回で、毎日家で練習してきなさいという教室だったら選ぶでしょうか。たぶん選ばないですよね。そう考えると、本当の基準は「近さ」ではないはずです。
次男が4歳ごろ通っていた体操教室は、片道1時間かかる場所でした。同じ保育園の親御さんに「なんでそんな遠くに?」と聞かれたこともあります。
その教室を選んだのは、基礎を大事にしていたからです。毎回必ずブリッジの練習があるんです。
体操の基礎は、いろいろなスポーツの基礎につながっています。それが、この教室を選んだいちばんの理由です。教室が目指していることと、親として子どもに求めていることを合わせたわけです。
たとえば、家の目の前に野球チームがあったとします。毎年全国大会に出ていて、遠征や試合が多く、合宿もある。親はよく練習を見に来て、試合や遠征の送り迎えもしている。
そこに「家から近いし、子どもが野球をやりたいと言うので来ました。送迎はしません、合宿も遠征も行きません、練習だけ参加します」と入ったら、たぶん揉めますよね。
近いから選ぶのではなく、目線を合わせるためにきちんと調べて選ぶ。それが求められているんだと思います。
ただ、これは選択肢の多い大阪市内に住んでいるから言えることかもしれません。淀川沿いには練習場がたくさんあって、学童野球のチームもいろいろ選べます。私が育った田舎には、サッカーチームが1つしかありませんでした。ほかのチームに通うなら隣町まで親が送り迎えするしかない。選べない環境もあります。それでも、最低限の目線合わせはしておきたいと思っています。
我が家の習い事事情はこんな感じです。
空手では練習するようによく言われていましたが、なかなかやらず、大会では勝てない日が続きました。始めたばかりの頃は練習しなくても勝てることがありますが、年数を重ねるとやっぱり差が出ます。体力や運動に関わる習い事は、どれもそうだと思います。
通っていたのが、そこまで練習を求められない教室だったというのもあるでしょう。もし優勝者を何人も出している教室だったら、雰囲気も練習への気持ちも違っていたかもしれません。逆に、その空気になじめずにやめていたかもしれません。
だからこそ、通い始める前に、先生やコーチ、教室がどこを目指しているのかを見て、聞いて、決める。これが大事だと思っています。
習い事をどうやって決めましたか? 家で練習していますか?
ぜひコメントで教えてください。
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